第3章 ひとはその奇跡を運命と呼ぶ(松川一静)
──高校在学当時、先輩には彼女がいた。私が先輩に恋したときにはもう、どうすることもできなかった。
恋人がいることを知ってもなお諦められなくて、彼を追いかけつづけた忘れじの日々。
次第に近づいていく距離、心。
略奪愛といえば美談に聞こえるだろうか。でも、あれは要するに浮気と呼ばれる関係だった。
ある日、先輩が彼女と喧嘩をして、その弾みでキスをしてしまったのが終わりと始まり。
私はそれでもいいと言ってキス以上の関係を望んだけど、彼は首を縦には振ってくれなかった。
結局、私たちが恋人同士になることは叶わないまま。先輩が卒業して、なんとなく気まずくて疎遠になって。
気付けば、私たちは大学生と呼ばれる年齢になっていた。
「……若かったですよね、私たち」
「だな。若いって恐ろしいわほんと」
ふと、静寂が訪れる。
どちらも何も話さない。
何を話すのが最善なのか、分からないのだ。
先輩がおもむろに真新しい煙草を咥えて、私は飲みかけの水にもう一度口をつける。
どうしよう。
何を言おう。
考えあぐねて、悶々と悩んで、たっぷり十秒が過ぎた頃だったように思う。
悠久のような沈黙が、破られた。
「……もっかい恋してみる?」
燻らされた紫煙の向こうに見えたのは、焦がれて、追いかけつづけた、最愛の。
了