第1章 2人の距離
私が彼と出会ったのは駆け出しの新人ヘアメイクの時だった。
ヘアメイクというより。アシスタント。
服部楓(はっとり かえで)という人物のアシスタントをしていた。
「由梨〜。もうすぐ着くから。用意してね〜」
楓さんは車を運転しながら後部座席にいる私に声をかけた。
「はい。楓さん。今日は嵐さんですよね。女性用のメイク道具はどうしましょうか?」
問いかけると楓さんはう〜ん、という言いながら長い指を顎に当てて考えこんでいた。
「一応軽いものだけ適当に用意しといてちょうだい。」
バックミラーで私を見ながらアイコンタクトとばかりにウインクしてきた。
私もそれに答えるようにニコッと微笑み返し支度を始めた。
楓さんは手足はすらっと長く手は透き通る様にすべすべですっぴんでも常にマツエクが綺麗に揃っていてTHE女性だ。
昼夜問わず働いているのにいつケアの時間があるのだと不思議に思うくらい肌も常に潤いがあって女性の憧れ的存在。
だが、一つ間違ってはいけない事がある。
楓さんは男性。
彼女…いや、彼は産まれは男性。育ちは女性。
らしい。
楓さんの謳い文句。
とにかく、女性的な男性らしい。
私にはいまいち良くわからないけど楓さんが素敵な人だっていう事は誰もが認めている。
「由梨。着いたわよ〜」
楓さんの声で物思いに耽っていた頭が覚醒して仕事モードに切り替えた。
「由梨。現場行く前に伝えておきたい事があるの」
運転席から振り返って私を見る楓さんは少し眉毛を八の字にしていた。
そんな姿も綺麗で思わずゴクッと唾を飲み込んだ。
「由梨今回の仕事で私のアシスタント最後じゃない?…謝っておこうと思って…」
そんなことを言う楓さんはちょっと泣きそうな顔をしていた。
実際謝られる様な事が思いつかない私は多分おかしな顔をしている
「私ね。由梨に厳しくしすぎてない?実際由梨の前までの子達は辞めちゃう子も多かったし。」
私がアシスタントにつくまで楓さんはアシスタントを暫くつけていなかったらしい。
それは中途半端に辞めてしまうからと聞いていたけど、私には楓さんは確かに真剣に仕事している以上厳しくなる時もあるけれどその後に必ず甘いものをくれ、何故か抱きしめられ「言い過ぎた〜。ごめ〜ん」とちょっと泣く楓さんを慰める。