第2章 悪意と決別
間に合わなかったか。颯爽と立ち去るキャリアウーマンでも気取らせてもらおうと思った矢先に現れたビジネスマン。面倒事にだけはなりませんように、と心の中でこっそり項垂れた。
「この度は大変失礼致しました……!」
「本当に申し訳ございません!!」
女の子に続いて90度のお辞儀をするビジネスマン。
「あー……いえ、あのそれなんですが」
「着替え等の件もありますので、1度事務所まで御足労頂けますでしょうか?もちろん、車はこちらで手配致します……と申しますか、私の運転にはなりますが……」
ボソボソと口ごもった私の声は聞こえていなかったようで、必死に訴えかけ続けるビジネスマンに、どうやってこの場を立ち去ろうかと私も負けじと必死に考えていた。
「あの、いえ、すみません、家も近いので……」
「しかしこの度はこちらの不注意ですので……」
とてもしっかりした方なんだろう、手の平でそっと促された先には確かに車。わざわざ迎えに来させてしまったのに、ただ帰すのもメンツ的にどうなんだろう。なんて社会的立場も一瞬気にしてしまうあたり、私もだいぶ社会にこなれたのかな。
「……では、わざわざすみません、クリーニングは結構ですので着替えだけお願いします。後日洗濯してお返しいたしますので……」
「はい!」
と顔をあげた男性はホッと安堵の色を浮かべていた。
まぁ確かに近いとはいえ、コーヒーまみれのまま街中をマンションまで歩いて行くのも確かに恥ずかしいので、素直にご好意に甘える事にした。でもそんな胸を撫で下ろされたような顔をされてしまうと、やはり私は常に怖い顔でもしているんじゃないかしら……不安になってくる。
「ではすぐにお送りいたしますので……あっ、お足元お気をつけ下さい!」
「本当にすみません……」
気の利く男性と未だに肩身狭そうな女の子。
そんな2人と一緒にコーヒーの香りに包まれたまま私は1人後部座席へと乗り込んだ。
しばらく走ると、小鳥遊プロダクション、と書かれた事務所の前に車を止める。
「こちらになります」
車から降りてから、チラと一瞬建物を見る。
プロダクション、と言う事は何か広告や印刷系のパソコン関係かな?