第2章 悪意と決別
「あの、でもこちらも割と近くに事務所があって、もう経理担当の人がこちらに向かっておりますので……あの、私のせいですので弁償致します……!!」
ガバッ、と勢いよく90度のお辞儀。しっかりした子だなぁと思いながらも、なんて事だここまで大事にするつもりではなかったのに、事務所?経理?わざわざ上を呼び出してしまうなんて、と変な焦りを覚えた。
休憩時間と呼ぶには遅すぎる、しかし帰宅には微妙に早いであろう時間にスーツを身に着けた人間がコーヒー片手に何をしているんだと見られてもそれまた恥ずかしいし。
なんてモヤモヤしているのを見て更に誤解したのか、すみませんと泣きそうな声でもう一度謝られる。私今そんなにおっかない顔してたのかしら……だとすると本当に申し訳ない。
「あっ、ううんごめんなさいね、ちょっと考え事していただけで。 本当に今回の事は気にしてないから大丈夫。なんならそろそろこのスーツも買い換えようかななんて、ちょっと前から思ってたくらいだから」
不安にならないよう、爽やかを心掛けたビジネススマイルで女の子に伝える。これは別にその場限りの気休めではなく、紛れもない本当の事。
社会に出る上で瑠璃華家の人間がしっかりしていないと噂されても困る、だかなんだかでオーダーメイドのちょっと高そうに見える(でも着心地に関しては私がなんとか頼み込んで肌触りのいいものにしてもらった)スーツを買い与えられた。
でも、わざわざ家名に振り回されるのもゴメンだし、そんなくだらない事や見てくれだけで決められるのもウンザリしている。
確かに苦しかった日々を共に過ごしたスーツに思い入れが無いのかと言われれば無くはないものの、やはり家名に振り回されている事を思えばそれもまぁいいやと思える程度の事。
だから着替えとかは断ろうと、ベンチから立ち上がり転がったままの缶コーヒーを拾い上げて、すっかり中身が無くなったそれを空き缶の文字が貼り付けられたカゴへ放り込むと女の子に向き合う。
それと同時に女の子は私を見たものの、すぐに私の後ろへと視線をずらした。
「万理さん!!ごめんなさい!!」
万理さん、と呼ばれた男性は長く綺麗な髪を後ろで1本に束ねていて、とても清潔感がある。
女の子と話す姿を見ていても、とても仕事ができる男、と言った感じだった。