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家事のお姉さんと歌のお兄さんと

第2章 悪意と決別




「はあぁ……」


普段よりも数時間早い退社、仕事人間だった私はゆく宛もなくフラフラと帰路につき自宅マンションに入る。
……と言うわけでもなく、その前の公園に立ち寄り、自動販売機で一番安いコーヒーを買うと噴水の近くにあるベンチに腰掛けた。それと同時に無意識に特大のため息を吐く。

寮でなくてほんとによかった。もしも寮だったら今すぐあの家に戻らなきゃいけない。そんなのは頭下げられてもごめんだもの。


「あー……でも就職先見つからなければ結局は同じ事か……先行き不安だなぁ、今日はいい事なさそう」


余裕がないせいか返事をしてくれる相手は誰もいないのに、思った言葉が口から零れる。
口は災いの元、悪いことは言わないようにしよう。そう思って今朝一番の占いを思い出す。 ……自分の星座、1位じゃなかったっけ。

やっぱり朝の情報番組の占いなんて宛になんないや。

そう思いながら口元に運んだ缶コーヒーが、私の喉を通ることはなかった。


ドン、と強めの衝撃を受け、手元を離れて私のブラウスやスーツへまっしぐらの黒い液体。それをスローモーションで見ているような感覚を覚え、早くしなきゃシミになるとか洗濯面倒臭いなぁとか、そんな事よりも「占いは宛にならない」と先程思った自分の言葉を改めて噛み締めていた。あぁ、本当に今日はいい事なさそうだ。


「すっ、すみません!!!」


真っ青な顔をしながら高校生くらいの女の子が、すごい勢いでペコペコしている。それはもう見ているこちらが申し訳ないと言いそうになるくらいの勢いで。


「あのっ、今すぐクリーニングに……! 本当にすみません!! あっでもちょっと待って下さい、着替えが、どうしよう、えっと……!」


私も入社したての頃はこんなふうに些細なミス(見ず知らずの人の高そうなスーツにコーヒーぶちまける様な事はしなかったけど)に必死になって謝っていたっけ。今となればあんな人達に下げた頭が勿体ないや。なんて呑気に思いつつも一瞬目頭が熱くなった。
ふと視線を戻すとオロオロしながら携帯を手に誰かに電話しているようだ。
その必死さをみて、勝手ながらの自己投影でおかしさがこみ上げてくる。


「ふふっ、大丈夫。うちすぐ近くだしクリーニングも気にしないで」


淡い髪色をした女の子は少し潤んだ瞳でこちらを見る。その瞳には安堵と不安が入り乱れていた。
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