第7章 長い1日の終わり
「なんでしょう」
意を決してゴクリと唾を飲み込むと、答えを促した。
『お近付きの印に敬語無しにして〝大和〟って呼び捨てで呼んで』
「懇切丁寧にお断り申し上げます」
『だよなー。でも俺もアイツらと一緒でお前さんと仲良くやっていきたいと思ってるんだぜ?』
「そう言って頂けて光栄です」
『分かって頂けてなによりです』
予想の斜めの頼みに、拍子抜けした私は肩の荷が降りたように溜息を吐いた。強ばっていた喉も元の落ち着きを取り戻している。
しかし当の本人はどんな返答が来るのか大体分かっていたようで、納得したように笑っていて、それはそれで悔しさを拭いきれない。
『まぁ、そんなこんなだから改めてこれからよろしくな』
明るい声で大和さんが言う。
負けっぱなしはなんだか掌の上で転がされているようで、悔しい。
だから、
「うん、よろしくね……〝大和くん〟」
『っ!!』
僅かなノイズに混じって息を呑む音が聞こえる。
『……はー……お前さんずるくね?』
「ふふ……おちょくられた仕返しですよ、びっくりしましたか?」
『びっくりしない方が無理だろ!でも……くていい……』
ぼそぼそと何かが聞こえるけど、声が小さくて聞き取れない。
「はい?」
『これからも敬語じゃなくていいって言ったの、1回使ったら壁なくなったでしょ』
「ふふ、わかったよ」
夜の通話で、ようやく私と大和さん……大和くんとの距離がみんなと同じ位に感じた。いや、私に対するみんなよりも少し、ほんの少し、近付いてくれた気がして、なんだか不思議と嬉しかった。
私は一般人で相手はアイドル。距離感は大事だけど、仕事仲間だから仲いいには越したことがない。
「明日は朝9時30分から電車二つ分先のビルで撮影の仕事でしょ?二日酔いしない様に水かお茶でも飲んで早く寝なさい」
『ハイハイ……全く、やっぱこれじゃタメじゃなくて母親だな』
「世話が焼ける子供が急に7人出来たと思えば家事も大忙しよ」
『それじゃあ、俺は手を焼かなくてもいい父親役が出来るようにしっかりしないとな』
「どの口が言ってるんだか」
お互いクスクスと笑うと憎まれ口を叩き合う。こんなに素で仲良く誰かと話すことなんてほぼ無かったから、なんだか新鮮な気分だ。