第2章 出仕
グリュネワルド王国は、緑豊かな国である。温暖で過ごしやすい気候と風光明媚な土地が相まって観光地としても有名であるが、国の基幹産業は農業で、世界の食料生産の約4割を占める生産量を誇っている。国王は老齢ではあるものの、穏やかな賢王として国民から慕われていた。豊かで平和な国である故に時に諸外国から侵略を受けることもあるが、その度に屈強な魔法剣士からなる軍が国を守ってきた。16年前の同盟を結んでいたはずの隣国、魔法王国ハクラシローメからの侵攻も、魔法剣士軍が防いでいる。
一方、魔法王国ハクラシローメは、一年のほとんどを雪に覆われる、山々に囲まれた小さな国である。主な産業は魔法で優秀な魔法士を多く輩出していたが、16年前に当時の王の乱心によるグリュネワルド侵攻に敗れて以来、形式上国としての独立は保っているものの実質グリュネワルド王国の管理下に置かれていた。現在、先王の王弟を形式上の国王としているが、当の本人は王位継承権を放棄し王族から離れた身だとして国政に着くことを拒否し、辺境の山岳地帯に隠棲している。事実上国政は首都に置かれた鎮守府総督が執り行っているため、周辺諸国からはグリュネワルド王国の属国として認識されているのである。
グリュネワルドの老王はハクラシローメに圧政を敷くことなく、また、鎮守府総督としてハクラシローメの国政を執り仕切るカイナン公爵も私利私欲に走ることなく公正な政を敷いていた。隠棲を続ける現王がいつでも国政に復帰出来るように。