第1章 嚆矢
「王妃と姫を探せ‼︎早くしないと城が落ちる!」
火の放たれた城の中、兵士達の怒号が木霊する。王の乱心により起きた戦争だったが、既に勝敗は決し王は捕らえられた。後は王妃と姫さえ見つかればすべてが終わる。だが、終焉を告げる一報は未だグリュネワルド王国軍総大将たるカイナン公爵の下にはもたらされていない。
「…まだ見つからぬか」
「閣下!ここは危険でございます!探索は兵に任せ一旦安全な場所へ…!」
最初に火の手が挙がった謁見の間からは離れているとはいえ、公爵のいるエントランスホールにも煙が満ちてきている。あまり長くは居られないだろう。焔が城を完全に包むまで、猶予は刻々と狭まっていく。と、そこへ階段の上から転げ落ちるかのように伝令兵が駆け下りてきた。
「申し上げます!王妃と姫を見つけました!!」
「案内を頼む」
「閣下!危険です!」
「全員、退路を確保しろ!王妃と姫を保護し帰投する!」
副官の進言を無視し指示を飛ばすと、公爵は伝令兵に案内を任せ階段を上る。火の粉を払いつつ進むと、衣装部屋に辿り着く。侍女達に囲まれて、赤子を抱いた王妃がいた。
「お迎えに上がりました、ハティヴィナ様。姫とご一緒にグリュネワルドにお戻りください」
「カイナン公、私はもうグリュネワルドの姫ではありません。ハクラシローメの王妃なのです。国と共に滅びる覚悟は出来ています」
赤子が弱々しく泣き声を上げる。煙を吸わぬよう軽く布を掛け、王妃は公爵の元へと足を進めた。公爵の前に辿り着くと跪き、恭しく赤子を捧げ持つ。
「ですがこの子には何の罪もありません。どうか公爵、この子のことを良しなに」
「ハティヴィナ様…」
押し付けるように公爵へ赤子を渡すと、王妃はクルリと踵を返した。見れば侍女達が開け放たれた窓辺に集まっている。その意図に気づき止めようと一歩踏み出した公爵を留め、王妃は呟くように最期の言葉を託した。
「どうか公爵、この子をお助けください。この子はーーー」
動けずにいる公爵へひとつ笑みをこぼし、王妃は窓辺から渦巻く焔の中へと身を躍らせた。