第1章 おかえりの雨
優しく重なった唇が離れるその瞬間、愛しさと切なさがない交ぜになった感情が、不覚にも目からこぼれだした。
「ごめんね。寂しかった?」
「ちょっとだけ。」
「珍しく素直じゃん。」
雄一は、の目元を優しく拭った。
「うるさい。」
さっきまでの憂鬱は、いったいどこに行ったのだろうか。さっきより明るく感じる部屋に、お揃いの食器に、フレッシュオレンジの香り。濃紺の傘の横には、今の私みたいな真っ赤な傘。それを隠すようにするりと腕から身を翻す。
「ビール飲みてー」とか「風呂入りてー」とか、ぶつぶつ文句ばかりの彼を置いて、は思い出したかのようにキッチンに戻った。熱く火照った顔を両手でパタパタと冷やしてみるが、それをまた雄一に笑われて、余計に赤くなるだけだった。
いつの間にか、テレビは冴えない深夜のバラエティに変わっていた。名前も知らない芸人のネタに笑いながら、雄一はおもむろにネクタイを解いていく。
「風呂いってくるわ。、まだ寝んなよ?」
雄一の目に、ふっと色気が漂ったように見えた。その、言葉の意味を汲み取ったは、柄にもなく「うん。」としか答えられなかった。
外は雨が降り続いている。ガラスに打ち付けられる雨音から、明日も雨だななんて思ったりして。乾かない洗濯物は、やっぱりちょっと憂鬱だが、なんだか、ほんのすこし心地好い風が吹いた気がした。
(急に抱きついてくる、あれ。反則やろ。)
おわり