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おかえりの雨

第1章 おかえりの雨



外の雨は、だんだんと強まりながら降っていた。窓に当たる雨音が次第に大きくなり、湿気を含んだ生温い空気が、辺り一面を取り巻いていく。しかし、その雨足の激しさとは反対に、22時を過ぎた住宅街はしんと静まり返っていた。

は、ひとり黙々と手を動かし、食器を洗っていた。今日はなんだか食欲もなく、大したものは食べていない。それに加え、気が進まずに、こんな時間になってやっと後片付けを始めたくらいであった。キッチンに漂うフレッシュオレンジの匂いはの心と呼応して、まるで継ぎ接ぎした布のような、微妙ないびつさを醸し出していた。

シンクには、お茶碗とお箸とコップ、それと、小皿1枚が静かに洗われるのを待っている。
薄いブルーは雄一用で、淡いピンクは用として、去年、陶器市で購入したものだ。この食器達も、ここ最近、ブルーは棚に眠っていることが多くなった。

深夜から明け方にかけて、猛烈な雨が降るらしい。BGM代わりにかけていたテレビのなかで、大袈裟にアナウンサーが伝えている。どこかの、地方の景色に切り替わり、ずぶ濡れのレポーターが写った。
ここ連日、梅雨も終わりかけだというのに、ぐずついた天気が続いている。

(洗濯物、乾かないな)

部屋には湿った匂いが充満している。乾ききれない洗濯物と眠ったブルーの食器。今の気分を憂鬱にするには、それだけで、充分だった。

(雄一くん。傘持ってったのかな。)

洗いかけの食器をおいて、ふと玄関に足を向けてみる。玄関に続く廊下の電気をつけ、傘立てに濃紺の傘がないことを確認すると、は、なぜかほっと胸を撫で下ろした。

最近、雄一は、朝が早く帰りが遅かった。理由は詳しく知らないが、大きなプロジェクトを
任されてるらしい。それは、彼にとっての、大きなチャンスともいえた。そのためか、俗に言うすれ違いの日々が続いていたのだった。
にとって、彼の傘がないことがある種の自分自身への証明であった。それは、彼がここへ帰ってきて、ここから出掛けていることの証明であった。

は、自分でもよく分からない感情をもて余しながら、洗いものの続きをと玄関に背を向けた、そのときだった。
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