第2章 地雨
カランカランと鐘の音を鳴らして、少し重々しい扉を開いた。その瞬間にジャズ音楽が、私を迎える。
「いらっしゃいませ」
その声が聞こえたのは、いつもの私の特等席。
黒いワイシャツに赤いエプロンの定員さんの笑顔が眩しい。
「こちらの席ですね?」
ニコリと笑えば椅子をひいてくれるその定員さんは、いつも私が来る前にテーブルを拭いていてくれる。
ひかれた椅子にゆっくりと座ると同時に、ご注文はいつものでいいですか?と聞いてくれる。
よく仕事のできる定員さんだななんてうっすら思いながら、笑ってコクリと返事を返す。
このお店に通ってどれくらいたったろうか、窓を叩く雨粒を見つめながらそっと目を閉じる。
ジャズ音楽が聞こえる中、かすかに雨音が聴こえ私の鼓膜に挨拶をしているようだ。
暗い視界で少し昔の事を懐かしみながら、注文をゆっくりと待つ。
「先に食器を置かせていただきますね?」
その声にハッとして上を向けば、定員さんと目が合った。サッと視線をそらしてコクンと頷けば、赤いナフキンの上に、フォークとスプーンが置かれる。
視線の先に雨粒が流れていくのを見つめながら、ふうっと一つため息をつく。そろそろ人と目を合わせることに慣れなくてはと、心の中で呟きながら窓の外を見ていた。
流れてく雨粒を数えながら、食器をそっと撫でる。
ひんやりと冷たい感触が手に広がって、ここに食器があるんだと認識する。
長年の癖がどうにも抜けないことに少々嫌気がさしてくる。そんな事を考えていたら目の前に、2つのお皿が並んだ。
「お待たせしました」
爽やかな笑顔を浮かべながら、私の元へやって来るのはサーモンのクリームパスタだ。何も言っていないのに、本当によく仕事のできる定員さんだなと思いながらぼうっとお皿を見つめた。
お皿が二つに食べる人は1人、他人から見たらきっと変な光景だろうななんて思いながら、スプーンとフォークをもちパスタを少しお皿の端に避けた。