第1章 天泣
「なぁ、松野あのお客さんかなり怪しくないか?」
小さい声でそう言われて、ちょっと困ったように笑う。怪しいと答えたいところだけど、それを口にするのもなんだか気が咎める。
「あれっすよ、人でも待ってるんですって」
「いや、わかるぞ?言いたいことはわかるけど誰も来ないじゃん」
そのお客さんは、決まってパスタを二種類頼む。
だけどいつも食べるのはサーモンのクリームパスタだけで、もう一つのミートソースパスタは残していく。
「まぁ、お金はちゃんと貰ってるからなんにも言えないんだけどさ、残されると作っている側からするとなあって」
腕を組んで唸る先輩の言いたいことはもっともだ。
俺だって自分の作ったもん残されたら、少なからず悲しい。
「気持ちはわかりますけど、こればっかりはなんともいえませんよ」
なんていいながら、チラリとそのお客さんを見る。
パスタをお皿の端に寄せてスプーンとフォークでクルクルと綺麗に巻いていく。白いソースとピンク色のサーモンが混ざって雪の中を桜が舞ってるみたいだ。
巻き取られたパスタを1口頬張って、その人は窓の外を見る。
雨が伝う窓をぼんやりと見つめながら、1口2口と自分が食べれるだけの量を綺麗に巻き上げていく。
おかしいのは、美味しいものを食べてるはずなのに全然嬉しそうな顔をしてなくて、どちらかというと悲しそうな顔をしている。
「先輩、腕鈍ったんじゃないですか?」
「馬鹿いうなよ!お前いっつもまかない美味い美味いって食ってんじゃん」
ぷんすか怒る先輩、この店で長年鍛えてきた味が鈍ることなんて無い。なんせ、この店は先輩の祖父から続いてる店だ。その店を継ぐために、散々修行したと聞かされたのは100回200回くらいだろうか。
「まぁ、いいじゃないすか、アレまた俺が食べますから」
ニカッて笑いながら、ぼんやりと見つめる先にポツンと悲しげに置かれたミートソースパスタは湯気を立てることを忘れているせいか、寂しげにみえた。