第6章 送り梅雨
口に甘い味が残っていたのを、紅茶がすっきりと洗い流した。ここのケーキ初めて食べたけど、本当に美味しかった。
パスタと交換にケーキを出してくれた定員さんに感謝しながら、両手をきっちりと合わせる。
ボーンと大きな鐘の音が響いて、少しビクッとした。
目が見えるようになっても、この音だけはどうにも苦手でビックリしてしまう。
そろそろ行かないとな、と思いながらゆっくりと席を立てばすかさずレジに待機している定員さん。
本当によくできた定員さんだ。私はバックを片手に持ち、急いでレジへと駆け寄った。
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」
ふっと爽やかに笑う顔に、またもドキンと胸が鳴る。どうやら今日の私は、どうかしてしまったようだ。こんな初めて会った人に、胸が高鳴るなんて変なの。
たたんとレジを打つ音を聞きながら、ぼんやりとそう考えていた。
「全部で1400円になります」
ニコッと笑いながらそう言ってくれた定員さんに、お金を渡す。
今日も会えなかったと、肩を落とす。
でも、パスタは無駄にならなくて本当によかったと心の中で思った。
「ありがとうございました」
定員さんの一言にぺこりと頭を少し下げて、重々しいドアに手をかける。冷たいノブを押すと、カランカランともう聞き慣れてしまった銅製のベルの音。
1歩踏み出せば雨が止んでいて、その中をコツコツと歩く。
今日も目当ての彼には会うことはできなかったけれど、心はいつもより少し温かい。きっとそれはあの定員さんのおかげだろう。
ふふっと笑いながら、水たまりを踏む。
パシャリと音がしてあの時の彼の去り際の音を思い出した。どうして名前を聴いておかなかったんだろうと、やはり後悔する私がいた。
あの時名前だけでも聴いていたら、きっと探し出す手がかりにでもなっていたろうにと自分を責めた。
オレンジ色の道を見つめながら、肩を落とす。
次はいつ来ようか、雨が降るのはいつだろう。
空を見上げて、雨を願った。