第5章 甘雨
カランカランと銅製の音がする。
「おっと、足元段差あるから気をつけて」
さっき初めて知り合った人に手を引かれながら、ゆっくりとドアをくぐる。パタンと音が聞こえてドアが閉まるのがわかる。
「二名様ですね、こちらのお席へ」
案内される席、でも初めて入るお店だったのでどうも勝手がわからない。コンコンと道しるべを叩く前に、そっと手を取られた。
「こっちこっち」
しゃがれているけど、優しい声にふっと口角があがる。握られた手が熱いのは、彼が熱すぎるせいだろうか、それとも私が冷たすぎるせいだろうか。ゆっくりと1歩導かれる方へ歩けば、ぎしりと木のなる音がする。
「おし、ちょっとここで待ってて」
その一言とともに、離される手。すうっと熱が消えて、なんだか名残惜しく感じた。おかしいな、初対面の人なのにこんなこと思うなんて...。
寂しいという感情があるのが、不思議でたまらない。物思いにふけっていると、ギッと音がする。その音がなる方へ向いているかはわからないけれど、私はそれを見守る。
「手、触るよー」
その一言に手を出すと、またあの暖かい熱が私の指先をじんわりと暖めていく。それにしても律儀な人だ、触るたびに教えてくれるなんて...。
そんなところがなんだか可愛らしくてふふっと笑った。
「ここ、椅子あるから」
ゆっくりと椅子の背もたれを指でなぞる。そこに椅子があることを確認し、ゆっくりゆっくりと座る。木で出来ているのか、なめらかな感触の椅子が心地いい。テーブルを撫でると、窪んだ感触が伝わる。
「ふふ、木のテーブルってなんかいいですよね」
そう言った私の前の席から、ぎっと音がした。
「麦茶の色してるよ、濃すぎる麦茶の色」
その発言に思わず吹き出しそうになって、手で口を押さえた。なんだか香ばしい味が、口いっぱいに広がってゆきそうだ。
「あれ、笑った?俺けっこう真面目に答えたのに」
そう言いつつ、笑う声が優しく耳に響いて心地よかった。