第3章 Valentine
──降谷side
「……ったく、誰だ?こんなに仕事を増やしたのは……」
降谷は事務机に向かいながら呟いた。今日は「早引きさせてくれ」という人間が多く、残ってしまった仕事が全て降谷の方へ回って来たのだ。
「終わりました!降谷さん、確認お願いします!」
「ああ。……おい、風見」
「はい?」
「今日は……何かあるのか?クリスマスでもないのに」
全く分からない降谷に、風見はきょとんとしていた。
「降谷さん……知らないんですか?」
「何をだ?」
「今日はバレンタインデーじゃないですか。だからみんな早引きしてるんですよ」
「……バレンタインデー?」
ああそうか、あの女子が男子にチョコを渡すだとか何とかの──
「それだけじゃないですよ」
風見は少し複雑そうな顔で続けた。
「女性が、好きな男性や好意を持っている男性にチョコを渡すんです。まぁお世話になった人とか、友達に渡すっていうのもありますけどね……」
「……好きな男性?」
降谷は怪訝に訊いた。風見はこくっと頷く。
「ええ。まぁ最近は知り合いに渡す方が多いみたいですけどね……」
「そうなのか……」
ということは──も、降谷のことを……?いや、考えすぎはよくない。
とにかく仕事を手早く終わらせなければ、と思い、降谷は書類の山に立ち向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
──side
(降谷さん遅いなぁ……)
はハチ公前で安室を待ち続けていた。待ち合わせは7時半のはずなのに、8時を過ぎても安室は来なかった。
(仕事忙しいのかな?いや、でも連絡来てないし……)
は携帯の画面とにらめっこをしながら考えていた。急に来れなくなったとしても、最低限連絡はくれるはず。
「早く来ないかなぁ……チョコ溶けちゃう」
この気候で溶けるとは考えにくいが、万が一、ということもある。と、雪がちらちらと降り始めて来た。
「わ、あ……。雪だ……」
どこかから聞こえて来る、カップルの会話。
「雪だ!」「本当だ。じゃあ今年はホワイトバレンタインだな」
(……ホワイトバレンタイン、か……)
雪が降って来たことで気温はぐんと下がり、マフラーをしていても空気が冷たい。
ははあっと手に吐息を当てて暖めた。頬も鼻も手も、もう寒さでかじかんでしまい、感覚がない。