第11章 今宵桜の木の下で(織田信長/甘め)
すでに安土には春が訪れていた。
城の広い庭にも、たくさんの桜の木が立ち並び、花の芽がほころび始めている。今、この国の平穏さを映すように。
「信長様、お花見をしませんか?」
天主の縁から外を眺めていた迦羅が突然切り出した。
「まだ花が咲いていませんけど、満開になったら」
確かに城の庭にも城下にも、更にその先にも、桜の木はうんとある。満開になればそれは見事な景色になる。
「…だめでしょうか?」
「いや、悪くないな」
すると迦羅こそ、花が咲いたような笑顔になった。
花見ごときで嬉しがるとは。
「今は皆、色々と仕事を抱えている。だが満開になる頃には、手を休ませてやろう」
迦羅の考えていることはわかっている。
決して俺と二人きりで見たいわけではない。
色付いた景色の美しさを、皆と共有したいのだ。
「ふふっ、楽しみですね」
迦羅が無邪気に笑うと心がくすぐられる。
この女には、汚さも、悪い欲も、邪念が何もないからだ。
だから俺は、安心して隣に置いておけるのだろう。
穏やかな気持ちで迦羅を見ていると
「信長様…今日は意地悪を言わないんですね」
「何だ、物足りないか」
「いえっ、そういうわけでは…」
何故かほんのりと赤くなって、わざとらしく顔を外へ向ける。
いじらしい。
俺の意地悪さえも物欲しそうにするとはな。
迦羅の手をとり、その甲に唇を落とす。
ただそれだけの刺激でさえ、ますます迦羅の顔を赤くさせた。
「どうした?顔が赤いようだが」
言いながら、捕まえた手を動かし、手のひらにも、手首にも唇を落としていく。
「っあ…意地悪、しないで下さいっ」
恥ずかしがって手を引っ込めようとするが、挑発したのは貴様のほうだ。
そのまま腕を強く引っ張ってやると、迦羅の身体は俺の胸にすっぽりと収まった。すかさず両腕を回し、逃げられないように閉じ込める。
「…何度信長様にこうされても、慣れません」
「なんだ、嫌なのか?」
「違いますっ!」
慌てたように顔を上げ、その愛くるしい目で俺を捉える。
「何度こうされても、いつもドキドキするんです」
やはりこの女、手放すことは出来んな。