第1章 心の在処(織田信長/甘め)
叩かれた胸は何の痛みも感じない。
迦羅を抱く腕にはひどい熱さが伝わってくる。
発つ前に一目会いたいとやってきたが、悪戯が過ぎたかー
これから謀反を企む連中の元へ斬り込みに行くというのに。
心配いらないとひと言だけ告げに来たつもりが可笑しなものだ。
数日であろうと迦羅の顔を見られないと思うと、この胸に妙な気持ちが湧き上がった。
「信長様…」
「何だ?」
「あの…そろそろ行かないと…皆が待って…」
抱かれていることを申し訳なさそうに感じているのか、控えめに出立を促した。
ああそうか、俺は行かねばならん。
熱で潤んだ迦羅の瞳を見やり、もう一度深く口づけた。
「あ…っ…っふ」
唇を離す。困惑した顔をしているな。
ふっ、と息をつき、口を開く。
「貴様が俺に惚れていることは知っている」
迦羅はキョトンとしたあと、パッと目を逸らした。
「貴様の心はいつも俺の中にある。それを離してやる気はない」
言い終えると腕の中の迦羅を優しく横にさせる。
「だから余計な心配は無用だ」
仕上げに上気した頬を撫でると、迦羅は俺の心の全てを理解したかのように温かく微笑んだ。
「行ってくる」
そう言いながら立ち上がると、廊下から慌てたような足音と声が届いた。
「信長様!」
「何だ秀吉、廊下は走るな」
「…っ!すみません。しかし出立の前に居なくなられては困ります!」
「俺は逃げんぞ」
「そういう事を言っているのではー」
襖を閉める瞬間、背後から小さな声が聞こえた。
薄く色付くような控えめな花のような迦羅の声が。
振り向きはしなかったが、あの愛らしい笑顔が見えた気がした。
「行ってらっしゃい」
完