第75章 白銀ノ月 ー1ー(石田三成)
夜を包むのは青鈍の空。
灰色の雲が流れ
照る月の姿を隠している。
仄かに漏れる灯りが其の輪郭をぼかすだけの月を、開けた障子窓から眺めていた。
撫でるように吹く生温い風が、文机に広げた書物を数貢、捲った。
「良い夜ですね…」
誰に聞かせるでも無い言葉は
柔く宙を漂い、消えたー。
頬杖をついて空を眺める顔には、意識せず薄い笑みが浮かんでいる。
心穏やかないつもの笑みで無い
この夜にも似た、笑みが。
「いけませんね、時間を無駄にしては」
何よりも大切であったはずの、書物に向かう時間。
今は其れに集中することが出来ずにいる。
再び書物に向かうが、文字に置かれた視線は一向に進むことが無い。
「ふぅ………」
ひとつ溜め息を漏らすと、淡くぼやけた脳裏に先程のことがよぎる。
ー城の縁側
佇む愛しい人
湯上りの仄かな匂い
そして…柔らかな唇。
あの時程、自分の一面に驚かされたことはありませんでした。
こんなにも必死に、何かを欲したことが無かったからかもしれませんね。
戦術の知識以外に
これ程までに、人の心を欲したことなど…。
ですが、私は嫌と言う程自覚したのです。
誰にも渡したく無いと思う程には、貴女を愛してしまったのだと。
たとえば其れが貴女を困らせることになったとしても、恐らくは胸の内を焦がすものを、私はどうにも出来ないのでしょう。
其れ以上はもう書物を読む気にはなれませんでした。
目を閉じれば貴女が其処に居るようで…
明日もまた、笑ってくれるでしょうか。
締め付けられる苦しさを溶かすような温い風が、また、私の元を通り抜けて行くのですー。