第71章 織姫の願い(第53章続編SS/秀吉)
七月八日。
陽が昇って城に出向き、やるべき仕事をやる。
何ら変わりの無い日が始まった。
「あ、秀吉さーん!」
廊下の奥から迦羅の明るい声が響く。
「ん、どうした?」
「此れを信長様に届けに行くんだけど、数が多くって…」
両手一杯に抱えた書簡の山を
ポロポロとこぼしながら迦羅が歩いて来る。
「おいおい大丈夫か?貸してみろ」
抱えられた書簡を全て受け取ると
ほっとしたように迦羅が肩を楽にした。
「悪いが其れだけ持ってくれるか」
「うん。ありがとう秀吉さん」
迦羅は落ちた書簡を拾い俺の後に続く。
「御館様、失礼します」
天主へ入ると
御館様は文机に向かい仕事をしていた。
「お目通しをお願いします」
「ああ、其処へ置け」
多過ぎるくらいの書簡を傍に置き
邪魔にならないようにと直ぐに腰を上げる。
すると——
「貴様らは仲が良いな」
「は?ええ、まぁ」
突然そんな声を掛けられた。
御館様の目は俺と迦羅とを交互に見て
そしてまた、言葉を続ける。
「七夕の願い事は叶いそうか?」
「えっ??」
驚く声を上げる迦羅とは裏腹に
俺は、御館様が悪戯に聞いていることがわかった。
御館様は俺の短冊も迦羅の短冊も見ている。
勿論、俺たちが互いのことを願っていたと言うことは承知の筈。
其れをわかった上で
わざとそんな話を持ち出したんだ。
…下手なことを言うのはやめて下さいよ。
そう目で訴えかけると
御館様はニヤリと口の端を持ち上げる。
「秀吉、迦羅。貴様らの願い、叶うと良いな」
「はい」
「…では御館様、失礼します」
天主の襖を閉めると
すうっと肩の力が抜けて行く。
…まったく。
あれは面白がっているだけだな。
迦羅は俺たちが短冊を見たなんて思ってもいないだろう。
…悪いことしちまったよな。
「秀吉さん、助かったよ。ありがとう」
「いいんだ。お前まだ時間あるか?」
「うん、あるよ」
「じゃあ茶でも淹れるよ」
にこりと頷く迦羅を連れて
俺の仕事部屋へと向かった。
…何だか俺の心も、迦羅の願い事のせいで落ち着かなくなっていた。