第70章 織姫の願い(第53章続編SS/政宗)
台所に入った俺たちはたすき掛けをして
小さな料理教室が始まった。
基本的なものから始めたいと言う迦羅の希望で、先ずは煮物を作ることに。
「お前、意外と出来るんじゃねぇか」
包丁の使い方も、野菜の面取りも
見ているとちゃんと出来ていた。
「今から花嫁修業か?」
「んー、いつかお嫁に行けたらいいけどね」
にっこり微笑む迦羅の花嫁姿を想像しただけで、心臓を鷲掴みにされるような感覚が走る。
コトコトと煮える鍋の音と共に
抑え切れない鼓動が辺りに響く気さえした。
…聞かずには居られねぇか。
「お前さ、何願い事したんだよ」
「え?七夕の話?」
「ああ。書くの最後だったもんな」
知ってるけどよ、お前の口に言わせたい。
いつか伝えたいんだろ?俺に。
「それは……」
僅かに頬が桃色になっていくのを見て
気持ちとやらの正体が確信に変わった。
やっぱりこいつも、俺のこと——。
「ほら、ちゃんと言えよ。伝わんねぇだろ」
「……もしかして、見たの?」
「さあな」
惚けて見れば唇を尖らせる迦羅が顔を背けた。
此の期に及んで焦らすなよ。
もうわかってんだ、お前の気持ちなんか。
「願い事、叶わなくてもいいのか?」
「…それは嫌だけど……」
「お前が言わねぇと、俺の願い事も——」
顎を掬ってこっちを向かせたら
困ったようにも潤ませた目が胸を射抜いた。
「言えよ、お前の気持ち」
「私は、政宗が……好きなの。すごくすごく、好きで仕方ないの」
「…………」
駄目だ。
俺は完全にこいつにやられちまってる。
「政宗、何とか言ってくれないかな…」
「良かったな。嫁の貰い手が決まって」
「え?」
「ま、お前が何と言おうと、俺は絶対にお前を嫁にするって決めてたけどな」
「政宗…それって…」
有無を言わさず初めて迦羅の唇を奪う。
鼻をくすぐる迦羅の甘い匂いに混じって
何だか焦げ臭い気もするんだけどな……
ま、そんなこと今はどうでもいいか。
「…っ政宗、鍋が……」
「放っとけよ」
迦羅に離された唇をもう一度求めて
逃げられないように腕に閉じ込める。
今回のこと、七夕とやらに感謝するか——。
織姫だか彦星だか知らねぇけど
ありがとな。
完