第51章 情恋歌(明智光秀/裏甘)
「お邪魔します」
「また来たのか。逃げ出してもいいんだぞ」
「残念です、逃げませんよ」
「お前も物好きな奴だ」
訪れたのは、城内にある光秀さんの仕事部屋。
やっぱり何かと不便だし読み書きを勉強したいと言ったら、信長様が光秀さんに教育係を任命したの。
三成くんあたりかな?って思ってたんだけど。
光秀さんにはいつもからかわれてばっかりだし、良く知らないことも多いし。
それでも、時折見せる笑顔とか
表立っては見せない優しさとか
…気が付いた時には、私は光秀さんに恋をしていたんだよね。
勿論、そんなこと本人には言えないけど。
でもきっと信長様だけは、そんな私の恋心に気付いていたのかもしれない。
だから光秀さんにこの役目を…。
当然光秀さんは面倒なことを押し付けられた、と不服そうだったけど。
「読んで来たのか?」
「はい!」
光秀さんから、まず読めないことには書けないと教えられ、文字のイメージを掴む為にと与えられた短い物語を自分なりに読んでいた。
今日はその成果を見せることになっている。
「じゃあ読んでみろ」
「はい。読みますね」
・・・・・・・・・・
「待て待て。お前、それは何の話だ?」
「さぁ?私にもわかりません」
「きちんと文字を読んでいるのか」
「はい、見えたように読んでますけど」
「お前という奴は…」
肩を揺らしながら光秀さんは笑いを堪えている。
「あの、駄目でしたか?」
「当たり前だ。貸してみろ」
私から本を取り上げると、光秀さんは隣へ移動して、文机に広げたその本を二人で覗き込んだ。
着物の袖が触れ合って、不意に別の緊張が走る。
光秀さんから感じる甘いような魅惑的な香りが鼻をくすぐって、冷静さを保つことが難しい。
「一行ずつ読んでいくぞ」
「は、はい」
だめだめ、せっかく教えてくれるんだから集中して!
自分に言い聞かせるように、私は光秀さんの読んでいく文字を、必死に頭に叩き込んでいった。