第39章 戦国狂想曲1幕②(謙信ルート)
迦羅と別れたあと宿へと戻って来た俺は、何ともなしに開けた障子窓から外を眺めている。
気付けば外には細々と雨が降り始めていた。
迦羅を怒らせたのは、俺の我が儘のせいか…。
あの時佐助が迦羅の所へ行くと聞き
俺も行くと言うほかなかったのだ。
越後に居ては迦羅には逢えぬ。
かと言って迦羅が越後に来ることもない。
俺は焦っているのかもしれない。
声も手も届かぬ場所で、お前がどうしているかもわからぬことに。
その上、あの憎らしい信長までもがお前に惚れていると言うではないか…
それがこの上無く俺を焦らせるのだ。
「気が滅入る…」
ぽつりと呟いて視線を動かせば、宿の前に一人の女。
「迦羅!?」
名を呼ぶと、声に気付いて顔を上げたのは、間違いなく迦羅だった。
「何をしている?早く上がって来い!」
雨に濡れてしまう身体を心配して、咄嗟にそう言った。
「入ってもいいですか…?」
「入れ、迦羅」
控えめな声と共にやって来た迦羅。
近くへ呼ぶと、細雨に濡れて微かに震えていた。
懐から取り出した手拭いで雨露の滴る髪を拭いてやる。
「あ、大丈夫ですから…」
「駄目だ。風邪でもひいたらどうする」
「…はい」
迦羅はそれ以上抵抗することなく、素直に髪を拭かせた。
障子窓から入る湿った風が
迦羅から香る甘い匂いを漂わせる。
…これは平静を装ったほうが良さそうだ。
疼く胸を押さえ付け、俺はいつもの顔を作る。
「雨の中傘もなしに町を歩くなど」
「…謙信様に、逢いたくて」
「俺に?」
「はい。どうしても…逢いたかったんです」
顔を伏せた迦羅の睫毛にも、小さな雨露が乗っている。
「そのまま動くな」
「え?」
手を伸ばし、親指でその睫毛にかかる雨露を拭ってやった。
たまたま触れた頬は冷たくて
こんな雨の中を、俺のためにやって来た迦羅が心底愛おしくなる。
頬に触れたこの俺の手が離れてはくれない。
いや、離したくない俺の心がそうさせている。
「謙信様、先程のお話を…」
顔を伏せたままであるが、冷えた頬が僅かに熱を取り戻していくのをこの手で感じていたー。