第31章 紺碧の涙・後編(上杉謙信/悲甘)
「よくぞお戻り下さいました!」
「一時はどうなることかと…ううっ…」
翌日、春日山城でいつも通りの朝を迎えた私。
行く先々で皆に声を掛けられ、中には泣き出す人もいた程。
私がどれだけ心配をかけたのかがわかり、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「迦羅さん」
「佐助くん!あの、心配かけてごめんね」
「いいんだ。無事に戻って来てくれて良かった」
いつも無表情な佐助くんが、微笑んだ。
「やはり迦羅さんが居ないと謙信様は…」
そこまで言いかけた佐助くんはその場を飛び退いた。
「わっ!!」
今しがた佐助くんが立っていた所へ白刃が振り下ろされる。
チッ、と舌打ちが聞こえた。
「余計なことを言うな」
刀を鞘に納めながら謙信様が咎める。
ふふっ、これがいつもの光景。
見慣れたものが、いつかは大事なものに変わっていくんだ。
どんなに小さなことも、大切にしようと思う。
「来い、迦羅。無表情が移る」
腕を掴まれ足早に廊下を歩く。
佐助くんから離れると、振り向きざまに謙信様の腕に閉じ込められた。
「どうしたんですか?」
「理由が要るか?」
「…いいえ」
耳にかかる謙信様の吐息も、頬に触れる髪も…
何もかもが愛おしい。
「そう言えば、佐助くんは何て言おうとしたんですか?」
私が居なければ、何だろう?
答えを待っていると、片手で顎を掬われる。
「お前が居なければ、俺は生きていけない」
真っ直ぐに見つめる色違いの瞳ー
また苦しいくらいの幸せが湧き上がった。
「私だって謙信様が居ないと生きていけません」
「俺のそばを離れるな。時を超えて居なくなるなど、二度と許さん」
笑いあった私達は自然と口付けを交わす。
約束の言葉の代わりに。
もしも、いつか引き裂かれる運命だったとしたら…
きっと二人で運命なんて変えてみせる。
だから、安心して。
あなたの分まで、謙信様を愛するから。
完