第24章 満月と狼と(徳川家康/甘々)
「気をつけてね」
「うん。遅くなるから、御殿で待ってて」
この日、家康は公務のために朝から出掛けていった。
夜には帰ってくるっていうのに、見送ったそばから寂しいなんて。
「…早く帰ってきてね」
小さくなっていく背中に声をかけ、私は城へ向かった。
ー今日の最後の仕事、夕餉の後片付けを終えた私は、信長様に呼び出され、天主にやって来ていた。
「貴様、久しぶりに碁の相手をしろ」
「はい?」
「やり方は覚えているな?」
「はい、わかりますけど…」
何事かと思って来てみたら、碁の相手?
「あの、お暇なんですか?」
「久しぶりに張り合いのない碁を打ちたくなった」
悪びれもせずに言う顔には笑みが浮かんでいる。
家康の帰りを待ってなくちゃいけないのに…。
言うか言わぬか迷っていると、それを察したように信長様が言う。
「帰りはまだまだ遅いぞ」
そっか…。
それに、信長様もたまには息抜きがしたいのかもしれないと思って、しばらく碁に付き合うことにした。
何戦か終えて、私が勝てるはずもなく…
予想通りの結果に信長様は満足そうだった。
良かった。息抜きになったみたい。
夜も更けて来たし、御殿に帰らなきゃ。
「では信長様、私はそろそろ戻りますね」
「ああ。また相手をしろ」
座したままの信長様に見送られて天主を後にした。
城を出ると、あたりはすっかり日が暮れて人気もまばらになっている。
もしかしたら、もう家康が帰っているかもしれない。
御殿へ向かう足は自然と早くなった。