第3章 第2日目・男子SP
どちらかといえば女性向けの演目である『SAYURI』だが、純ならきっと美しく演じる事ができるだろう。
出自や育ちからか、純は昔から和プロが良く似合っていた。
本人はロックも好きだと言っていたが、EXでもクラシックや和プロなど綺麗系のものばかりだった。
「ホンマはロックもヘビメタもやりたいねん。せやけど、そのたんびに当時のコーチやお偉いさんから『それは君のイメージじゃないんだよねー』とかダメ出しされまくってたんよ」
「そうなの?」
何となく気になった勇利の質問に、純は茶目っ気混じりに答える。
「まあ、人の主観があてにならん事はようあるからなあ。自分ではええ思うてても周りからはあんまり評判良うなかったり、かと思えば逆に自分評価でナンジャコリャーな演技が大ウケしたりとか」
「うーん、判るような判んないような…?」
「特に勇利の主観は、まるっきし当てにならへんと思うわ」
「何で!?」
おそらく勝生勇利を知る人間の大半がヘッドバンギングの勢いで首を振るであろう純の言葉に、勇利は愕然とした。
先に行われていたアイスダンスとペアの競技が終了し、男子シングルのSPが始まった。
最終グループで滑走する勇利達は出番まで3時間程あるので、いつの間にか合流していた南やジュニア選手の礼之達と時折軽く談笑しながらそれぞれの準備に取り掛かっていた。
これまでの自分なら、言いようのないプレッシャーでネガティブな事ばかり考えていたかも知れないが、不思議と今の勇利の心は落ち着いている。
それは怒涛のようなあのGPFを経験したからか、あるいは色々な意味の『愛』を知り、自分は孤独ではない事を認識できたからだろうか。
「国内は楽勝だろ」と西郡が言っていた通り、余程崩れさえしなければ勝てる。
寧ろこの程度で苦戦する位なら、四大陸やワールドで争う事など到底できやしない。
そして、勇利から少し離れた所で音楽を聞きながら文庫本に目を通している純を一瞥する。
自分の知る純は、どんな状況でも冷徹な姿勢を崩さず氷の上では常に凛然としていた。
2シーズンぶりに会う純は、果たしてどんな演技を見せてくれるのだろうか?
久々の国内同年代と一緒の試合に、勇利は新鮮な気持ちを覚えていた。