第9章 牙
「そして神はおっしゃいました…」
廊下を歩いていると、廊下にもスピーカーがついているらしく、ジルの説教がどこにいても聞こえる。
マーガレットも講堂にいるのを確認してから私たちはひとつだけマーガレットに教えられていない部屋に向かっていた。
その部屋は二階にあがり、ジルの部屋の奥にある。
どの部屋のドアノブも白色なのに、その部屋のドアノブは金色だった。
「その部屋ね」
セバスチャンがドアノブに手をかけて扉を開ける。
「…これ、は…」
鼻を満たし尽くすほどの腐敗臭に生臭い血の匂い。床に散らばった腕や足に、ペンキがこぼれたように赤黒い血が私の足先まで迫りこようとしているようであった。
食道を逆流物がせり上がってきて吐き出しそうになるが、セバスチャンが私の目を反射的に塞いでなんとか回避したが、呼吸が過剰になる。
この血が私を…
手足に震えが起こってその場に立っていられなくなりそうになるが、真っ白な修道服に血をつけるわけにはいかない。
しかし膝に力が入らず、思わず床に膝をつきかけるとセバスチャンが目を隠している反対の方の手で私を支えた。
シュルシュルとリボンタイを外す音が聞こえるとそれを私の目元に巻いて両手で私を抱きしめた。
「落ち着いてください。あなたが見ているのはあの時のものではございません」
「セバス…チャ…」
「失礼します」
私の裾の長い修道服が赤に染まらないように私を横抱きに抱えて部屋を歩き回る。