第9章 牙
「ようやくお眠りになられましたか…」
さっきまで小刻みに震えていた肩がゆっくりと落ち着いて上下し、しゃくりあげる声も今は静かに眠る吐息と変わっておりました。
私は体を少し起こしてお嬢様の顔を見てみると涙がかわいて皮膚の上でノリのように干からびています。
ああいう時、どうすればよいか私はよく分かりません。
今までにも執事として様々な人間に仕え、私に好意を抱く者も少なくはありませんでした。しかし、大概の者は私に強引に言い寄ってくるか、私が喰べてしまうかの二択でお嬢様のような反応をなさる方はおりませんでした。
悪魔は眠りません。嗜好品としてお菓子感覚で楽しむことはありますが、人間のように睡眠は必要とはしません。
魂さえ食べれればそれ以外いらないのです。
と、思っていたのですが、どうもお嬢様に対しては本日のようにそうはいきません。
悪魔は人を愛してはならないという暗黙の了解があります。
餌となる人間を愛することは魂を食べないことを意味します。
もし私がお嬢様を愛するのであればその時は…
本日は私も睡眠を楽しむとしましょう。