第9章 牙
「おふたりとも着替えは終わりましたか?」
マーガレットがドア越しに聞いてくる。私は慌てて髪をくくっ扉を開けるとあの優しい笑顔を私たちに向けた。
「うんうん、よく似合ってありますよ。リュシーさん。エドワードさんも」
「ありがとうございます、すごく着心地が良くて…」
会釈と一緒にマーガレットは微笑む。この人の微笑んだ顔に聖母の微笑みが重なった気がした。
「今から早速仕事にとりかかってもらいます。リュシーさんは講堂の掃除を、エドワードさんは背がお高いですから書庫の掃除を私と手伝っていただけませんか?」
「分かりました」
セバスチャンがそういうとそれぞれするべきことに向かっていった。
私は元来た道に戻って講堂へと向かい、セバスチャンはマーガレットの後について書庫へと向かった。
階段を降りて、廊下を歩き、掃除用具入れからモップとほうきを取り出して講堂に出た。
すると1つの椅子に座って本を読むジルが見えた。
集中しているようだったので私は何も話しかけずに掃除を始めた。
しかし、掃除なんて何年ぶりだろう。屋敷住まいの私はいつも掃除はセバスチャンに任せっきりで私自らモップを手に取って掃除をしたことはほとんどない。
モップを手に取って床を拭こうとするが、力が変に入ったのか全く前に進まない。
「モップをかけるときはそんな低い姿勢ではなく、普通に歩くようにすればよいのですよ」
後ろからジルが私を抱きしめるようにして覆い被さり、私の姿勢を正す。モップを持っている手に手袋をしている手を重ねて、体を密着させてくるとモップがけのコツを耳元で囁いてくる。
セバスチャンやエリ以外にこんなに近い距離で話されたことがない私は思わず耳を赤くしてうつむき、抵抗もなにも出来ないまま沈黙で掃除をしている。