第25章 合わせ鏡(三成)
「ごめん…先に出るね…」
愛は三成に見られないように浴場を後にした。
「愛…さま…?」
何が起きたのかわからなかった。
とにかく、自分が泣かしてしまったのだとわかるまでも
少しの時間がかかった。
愛さまと行きたいところ?
そんなの…日ノ本中です…
どういう事…でしょう…
私は愛様さえ隣にいてくれれば何処へでも…
ガツンと頭を殴られたような気分だった。
今まで月日を重ねてきて、自分の前で愛が泣く事なんてなかったのだ。
三成は残された湯の中で、ぼんやりと愛の言葉を思い返す。
「私とだから行きたい場所…どういう事でしょうか…」
考えても答えは出なかった。
三成は、重い足取りで浴場を後にする。
部屋ではまだ愛は泣いているのだろうか。
でも、自分にはどうしようもない気がして、
ただ心がモヤモヤと黒い雲に覆われて締め付けられる。
『あら、湯あみはおすみですか?
そろそろ夕餉の用意を…』
「どうしましょう…私は愛様を泣かしてしまいました」
『はい?』
突然の三成の言葉に人の良さそうな女将は目を見開いて驚く。
「あ…すみません…なんでもありません…」
ぼんやり歩き出す三成を女将が引き止める。
『旦那様?少しよろしいですか?』
「はい…?」
『今日はほかにお客様もいらっしゃいませんから…
少しお茶でもいかがですか?』
そういうと、にっこり笑い三成を促した。
小部屋に招き入れられ、お茶を出される。
「すみません…見ず知らずの方に言うべきことではありませんでした」
三成はつい口走ってしまった言葉を思い返して肩を落とす。
『いいじゃないですか。旅の恥はかき捨てと申します。
それに、見ず知らずの者の方が言いやすい事もあるのではないしょうか』
(母上と同じ歳の頃でしょうか…)
三成は、女将の優しい声にそんなことをぼんやり思う。
『どうして泣かせてしまったのですか?』
「それが…わからないのです…。
こんな事は初めてで… 愛様のお気持ちがわからないのです」