第24章 麦と真珠(政宗)
『愛様も湯浴みをされています』
部屋に戻る途中に女中から報告を受ける。
「また遅くまで仕事してたのか?」
呆れたように女中に聞けば、
『今朝ほどまで…』
控えめにそう返ってきた。
「まったく…主人が戻る朝まで仕事とはな…」
呆れるように呟きながら、襖を開ける。
すると、先程は愛にしか目が行かなかったので気づかなかったが、
部屋の奥に衣桁にかけられた着物が目に入った。
「これ…は…」
見間違うはずもなかった。
戦さ場で何度も見た着物だ。
実際には到底難しいだろうと思われたその繊細な柄。
本当にこの着物に袖を通したらどんなに素晴らしいだろうか…
幾度もそう思った。
それが、今まさに目の前にあるのだ。
近づいて手に取れば、それは見事なまでに施された刺繍。
濃紺の夜空に、輝く満月と星々。
特に輝くように二つの星が並んだその着物に
政宗はしばらく目を奪われていた。
『毎晩遅くまで、夢中で縫われていましたよ。
それこそ、今日の朝までずっと…』
着物の前で固まっている政宗に、女中が優しく声をかける。
『愛様なりの願掛けだったんです。
政宗様が怪我一つなくお帰りになられるようにと…』
そう告げると、静かに部屋を後にした。
「お前は…どれだけ俺を惚れさせたら気がすむんだ…」
こんな手の込んだ着物は安土中…いや、日ノ本中を探しても二つとないだろう。
ふと、政宗はその奥の文机に無造作に置かれた文の山を見つける。
「愛に…か?」
普段から、愛宛に文が届くことはあまりない。
それが山のように積み上げられているのだ。
少し気が引けたが、興味が先立ち、その一つを手に取った。
ーー政宗様ーー
「俺宛…か?しかし…」
その文字には見覚えあった。
いや、むしろ間違う事はない。
綺麗な愛の字で書かれたその文を
政宗は広げていく。
そこには、これでもかと想いが溢れる言葉が綴られていた。
早く逢いたい…
どうかご無事で…
心が潰れてしまいそうです…
政宗への溢れる愛しさと、一人待つ事の悲痛な心の叫びが
そこには取り留めもなく書かれていた。