第24章 麦と真珠(政宗)
『政宗様、湯殿の用意が整いました』
襖の外から声がかかる。
ふと冷静になり、漸く愛の身体を解放した。
「政宗…」
掠れた声でその名を呼べば、また涙が溢れそうになる。
「悪かった…頭、冷やしてくる」
政宗はそう告げると、襖をあけ女中と共に部屋を後にした。
「やっちゃった…」
一人残された愛はがっくりと肩を落とす。
どれだけこの日を待ちわびた事だったか。
何よりも大切な日と思っていた。
真っ先に出迎えて、きつく抱きしめよう。
そう心に決めていた。
『愛様…』
先程声をかけにきてからずっと廊下で待っていた女中が
おずおずと声をかける。
愛の側近の女中たちは知っていた。
気丈にも明るく振舞って、残った者たちに明るく接していた事を。
政宗の居ない寂しさを皆が感じないように、
朝は早くから台所にたち、差し入れを作り、
夜は遅くまで願掛けと笑って政宗の着物を縫っていた事を。
そして、誰よりも不安に押しつぶされそうな毎日を送っていた事を。
『愛様も、湯浴みなされてはいかがですか?』
優しい声で話かける。
「そうですね…そうします」
弱々しく返すと、女中の待つ廊下へ静かに出る。
『よかったですね、お怪我もなくお戻りになられて』
女中は優しく語りかけ、
「はい。本当に…」
愛も素直に返した。
『さぁ、綺麗なお姿で再びお迎えしましょうね』
「ありがとうございます」
『この後はお城で宴になるそうですよ』
「わかりました。本当に色々ありがとうございます…」
何度も礼を言いながら、湯殿へと向かった。