第24章 麦と真珠(政宗)
湖の逢瀬をしてから数日後、明日政宗は遠征へと旅立つ。
今回は二人が一緒になってから一番長く離れることになる。
今日も遅くまで政宗は軍議に出ていた。
愛は文机に向かい筆を取っていた。
『愛様、夕餉の支度は如何いたしましょう』
女中が襖の外から声をかける。
「もうこんな時間なんだ…」
気づけば外は太陽が沈み、最後の朱色を残すのみ。
「すみません、今日は政宗を待っています」
ゆっくり襖を開けて女中にニッコリと笑いかける。
『でも…いつになるかわかりませんよ?』
女中は心配そうな顔で愛を見つめる。
「大丈夫です。今日は…どうしても一緒に食べたくて」
そういう愛は少し恥ずかしそうに伝えた。
『わかりました。では、お声かけくださいね』
愛の心中を察した女中はわずかに微笑んで襖を閉めた。
「今日は…少しでも一緒にいたいな…」
胸にチクリと感じた痛みを閉じ込めるように筆を取る。
書いているのは文ではない。
自分の絵が好きだと言う政宗を思って
今、白紙の紙に政宗を思って描くのは政宗本人の姿。
「政宗が帰ってきたら、これと同じ着物をプレゼントしたいから…」
寂しい気持ちを全てここにしたためる。
「寂しいなんて…思ってはいけないよね…」
これから幾度となく訪れるだろう。
こうやって離れる時間が。
「慣れていかないとね…ずっと一緒に居たいから…」
ふとすると溢れそうになる涙をグッと堪えて
ひたすら筆を走らせていく。
「灯りを…」
太陽はすっかり沈みきるのだろう。
うっすらと照らしていた陽の光も闇に包まれようとしていた。
季節はいつのまにか秋を連れてきた。
政宗をみんなで祝ったのが遠い記憶のようだ。
「ついこの間だったのにな」
そんなことを呟きながら、中庭に面した障子を開けた。
「わぁ…」
空には無数の輝く星々。
そして一段と輝くまん丸の満月。
ふと、縁側に飾ったすすきに目をやる。
昼間に少しだけ作ったお団子と共に
秋の夜風に揺れていた。
「政宗、喜んでくれるかな…」
自分の頭の中の全てが政宗で埋め尽くされている事に気付き
愛はクスリと笑った。