第22章 立待月に焦がれて(政宗)
「もう、ほっんと頭にくる!」
御殿を勢いよく出た愛は、まだ赤みの残る手首をさすりながら
城下の外れの橋に背をもたれていた。
城の自室に行こうかとも思ったが、女中や他の武将に見られると面倒だと思いやめた。
橋にもたれたまま、空を見上げた。
もうすぐ太陽は完全に沈もうとしている。
オレンジと青が混ざり合った地平線の上には
くっきりと月が昇っていた。
「立待月か…」
立って待っていられる程に早く昇る月。
そんな月が昇るのも焦れるほど、夕刻を心待ちにしていたついさっきを思い出す。
「会いたかったのに…。あ…お餅…硬くなっちゃうかな…。
もういいか…政宗には一生作ってあげないんだから!」
盛大にため息をついたその時、
『おい、お前誰と喋ってんだ?気持ちわりーぞ』
聞いたことのある声にふと顔をあげると、
そこにはよく知った顔が二つこちらを不思議そうにみていた。
「佐助くんと…幸村!」
『おい、でけー声だすんじゃねーよ…』
『愛さん、ぼーっとしてどうかした?』
そう声をかける佐助を見て、愛はパッと目を輝かす。
「ねぇ、二人とも安土にいるんでしょ?
ちょっと、お邪魔してもいい?」
『え…なんで織田軍の女を連れてかなきゃなんねーんだよ』
幸村は渋っていたが、
『もちろん!君なら大歓迎だ。な、幸』
佐助はポンポンと幸村の肩を叩いた。
『お、おい、見つかったらまずくねぇか…』
『大丈夫大丈夫。さ、行こう。もうすぐ雨が降ってくる』
「え?雨?こんなに綺麗に月が出てるのに?」
そう言うともう一度空を見上げる。
(たしかに…ちょっと曇ってきてるのかも…)
遠くに立ち込めてきた、重たい雲を見つめながら
なぜか少し不安な気持ちになるのを隠し
佐助と幸村と共に隠れ家の庵へと急いだ。