第22章 立待月に焦がれて(政宗)
『政宗さま?』
突然小屋の戸が開き、驚いたように家臣が声をあげる。
夜は順番で見張りをする。
『どうなされました、こんな夜分に、敵襲…はないですよ?』
いつも冷静な政宗が珍しく額に汗を滲ませる姿に
居合わせた日吉が慌てて駆け寄る。
『いかがされましたか』
誰の問いかけにも答えずにあたりを見回していた政宗だが
愛の姿が無い事に、あからさまに肩を落とした。
『政宗さま…?』
日吉がもう一度声をかければ、政宗はその場にゆっくりあぐらをかいた。
『なにがあったんですか?政宗さまらしくもないですね』
そう言うと、左ノ吉が水の入った茶碗と、昼間の残りのずんだ餅を差し出した。
『この時間は気の利いたお茶は出せませんけど…』
政宗は出された少し不恰好なずんだ餅をまじまじと見つめる。
「そういえば、日吉はこのずんだ餅に恋してるらしいじゃねぇか」
『そ、それは…その…』
しどろもどろになっている日吉に代わり、
後ろで見張りをしていた若い家臣が口を挟んだ
『そうなんですよ、政宗さま。こいつ安土にきて浅いってのに、
もう可愛い子を捕まえて…』
慌てて日吉がいい訳のように声を出す。
『い、いえ、捕まえてなんて、滅相もない…。小夏殿は…同郷で…その…』
「同郷?小夏?」
その名前に政宗は心当たりがあった。
針小部屋に新しく入ったと、愛が目をかけていた娘だ。
そして女中の話を同時に思い出した。
ー『えぇ、お針子の子に教えてあげるんだって…。
でもうまくいったみたいですね?』ー
「今日は小夏もここに来たのか?」
政宗が聞けば、日吉は更に頬を赤く染める。
『は、はい…みなさんでこれを…と』
そう言うと目の前にあるお重をみつめる。
『ははっ、俺たちはどうみても口実ですよ。
日吉のために一生懸命作ったんでしょうから』
そう言うと左ノ吉は優しく笑った。
「そうか…そうだろうな。
愛が小夏に教えたずんだは美味かったか」
『愛様が…そうですか。やはり愛様は本当にお優しい方ですね』
「あぁ、あいつほどいい女はこの世にいないからな」
政宗が立ち上がろうとすると、遠くで雷鳴が聞こえた。
『やっぱり降りますかね…』
左ノ吉が呟きが妙に響いた。