第21章 月と金星 (秀吉)
『え?じゃあ愛さんは、
秀吉さんが結婚しないって言ったの聞いちゃったんですか?』
「あぁ…多分…な」
『多分?』
「そこは定かじゃ無い。御殿に帰ったら、愛はいつも通りだったし、
その後、その話をした事もない。政宗に聞いても濁された」
『もし、本当に聞いてて、普通通り明るく振舞っていたのだとすれば…』
「ならなんだよ」
『愛さんは覚悟を決めているって事でしょうね』
「覚悟?」
『はい。秀吉さんと…この時代と別れる覚悟です』
「覚悟…だからあの時、ありがとうって…」
佐助の話を聞いて、秀吉は、この数日間愛が
一体どんな思いで過ごしていたのかと思うと胸が苦しくなった。
毎日笑顔を絶やさず過ごしていた。
そして、あの時、どんな気持ちで自分を呼び止めたのか…
きっと、色々な言葉や気持ちを押し殺して
「ありがとう」の言葉にしたに違いなかった。
『遅い。そして下らんな』
声と共に、天幕が開く。
『謙信様!待ってて下さいって…』
佐助が慌てて立ち上がる。
「下らんとはなんだ」
秀吉がムッとした表情謙信を睨みつける。
『下らんものは下らんだろう。
まだ起こったことのない先の杞憂で、愛する女を手放す事になるとは。
豊臣秀吉は人たらしと言うのは、ただの噂に過ぎないのか』
「わかったような口をきいてくれるじゃねぇか。
俺はいつだって愛の事を守りたい。
俺のせいで不幸になる未来なんてあっちゃならねぇんだよ」
『それは、愛が望んでいないと言ったのか』
「は?自ら不幸に巻き込まれる事を望む奴がいるか」
『佐助。お前は俺の側に残る事を選んだが、もしこの先俺が突然死んだら不幸になるのか』
『謙信様…。いいえ。俺は例え謙信様がこの世から居なくなったとしても、
不幸だとも思いません。そんな甘い覚悟で残ったわけじゃない。
むしろ、あの時に何もせず、流れに身を任せていた方が、
きっと後悔の日々を送る事になったでしょうから』