第21章 月と金星 (秀吉)
丁寧に乾かし、綺麗に折り目をつける。
手紙を書き進めるごとに、どんどん身体が薄れていくのを感じていた。
書きあがった手紙を、出来たばかりの着物と一緒に風呂敷に包む頃には、
自分でも笑えるくらい、鏡にもその姿、存在を認識できない。
もう殆ど残された時間は無いのだと思うと、
今まで押し殺して、なかった事にした寂しさが一気に混み上げてきた。
「誰もいない時に消えたくなかったな…」
そんな事を呟くと、机に一粒の雫が落ちた。
同時に、天主の襖が開く音がした。
『愛!まだそこにいるな?』
珍しく少し慌てたような信長の声が響く。
「はい。居りますよ」
『政宗を呼べ。すぐにだ』
そう言うと、探す事なく真っ直ぐに愛の座る場所までやってくる。
「信長様、よくお分かりになりますね」
姿はもう殆ど見えないが、愛が笑っているのを感じる。
『当たり前だ。自分の娘が何処にいるかわからぬ親などおらん』
そう言うと、寸分間違わず、愛の頬に触れた。
『直ぐに出かけるを用意しろ。
少し乱暴な馬に乗る事になる。それ相応のな』
「え?出かける?
嫌です。私は此処に最後まで…」
『口答えは許さん。早やくしろ』
そう言って、信長は不敵な笑みを浮かべた。
(最後まで信長様は信長様か…)
初めて出会った時からずっと変わらない信長に、
愛はクスっと笑って支度を始める。
準備が整ったところへ、政宗が息を切らして到着した。
『準備できてるか?いくぞ!』
そう言いながら、真っ直ぐ愛に向かってくる。
そして、迷う事なくその手を取ると、ふと傍らにある包みを見ながら、
『それは秀吉に渡すものか?』
と、訊いた。
「うん。着物と手紙。帰ってきたら渡してね」
『いや、それ持っていけ』
「え?」
『早くしろ。時間が勿体無い』
愛は言われるがまま、風呂敷に包んだ荷物を持つと、
政宗に手を引かれながら天主を後にした。
和かな信長に見守られながら。