第21章 月と金星 (秀吉)
安土城の天主に住むようになって数日。
信長の仕事を手伝いながら、愛は着物を縫っていた。
きっと最後になるであろう、秀吉への贈り物だ。
自分が居なくなって、誰かを妻に迎えても、
この着物に袖を通すたびに、少しでも思い出してもらえるだろうか…
我ながら女々しい想いを込めていると思いながらも、
どうしても何か自分が居たという形を残したくなってしまう。
最近では、手先だけではなく、身体も透過することが増えた。
それでも、信長や武将達は、何事もないように自分に接してくれる。
それが嬉しいようでもあり、気を遣わせている事に申し訳ない気持ちにもなる。
殆ど毎日、愛の側には必ず誰かが居てくれた。
信長が天主を空ける時は、光秀や政宗が入れ替わりでやってくる。
三成が新しい書物を持ってきたり、家康が体調を聞きにやってきたりもした。
そんなある日、広間で会議があると信長に伝えられた。
もう、人が居ても関係なく透過してしまう姿を、
ほかの人に見られるわけにはいかないと言う理由で、
愛は天主に残る事にした。
秀吉が出立してから、こんなに長く一人になる時間は初めてだった。
どこか落ち着かない気持ちを鎮めるために、
信長に頼まれた書簡の整理をするが、それも早々に終わってしまう。
最後の文を文箱へしまい終わると、何とも言えない静けさが訪れた。
外は相変わらず穏やかに晴れた、なんの変哲もない一日だ。
この空の下、何処かにいる秀吉が無事である事を願わずには居られない。
ふと、愛は文の準備を始める。
硯で墨をゆっくりする。
丁寧に筆に馴染ませ、真っ白な紙を広げた。
いつか書く事になると覚悟を決めて居た
秀吉への最後の手紙を書き始める。
誰かがいる時よりも、一人の時の方が
本当にの自分の気持ちを伝えられるような気がしたからだ。
謝りたい事が山ほどあった。
最後まで言えなかった事も沢山ある。
けれど、この最後の手紙にはそれ以上に伝えたい事があるから。
最後まで自分を心配してくれてた事
最後まで自分を愛してくれた事
そして最後まで愛させてくれた事
沢山の伝えたい「ありがとう」だけをしたためて。
そして、こう締めくくる。
「何処にいても貴方だけを生涯愛しています」と。