第21章 月と金星 (秀吉)
「えっと…」
安土城に到着すると、自室ではなく、何故か天主に迎えられた。
『なんだ。文句でもあるのか』
納得いかないような愛の様子に、
信長が苛立ったように声をかける。
「い、いえ、文句といいますか…。
本当に、此処で生活していいんですか?」
『俺がそうすると決めた。
貴様が気に病むことはない』
「そ、そうですか…。では、お世話になります」
着々と、自分のものが天主へと運ばれてくる。
裁縫道具も一式揃えられた。
どうやら、信長は自分と一緒に此処へ住まわせるようだ。
『愛、こっちに来い』
呼ばれて近寄れば、グイっと手首を掴まれる。
「な、どうなさったんですか?」
慌てて引っ込めようとするが、力で叶うわけもなく、
信長に身体ごと預ける形になった。
『やはり、薄れているのだな…』
(あぁ…それを確かめたかったのか…びっくりした)
「はい。気づいたんですけど、秀吉さんと離れる距離が遠くなるほど、
透けていくみたいです。
昨日までは、秀吉さんが出かけても、お城くらいの距離なので手先程でしたが、
今日は…この通りです」
そう言いながら、腕までうっすらと透け始めたところを見せながら笑う。
『無理して笑わなくていい』
「そう言われると困ります。
毎日泣いて過ごすのは、勿体ない気がしますから…」
信長は少し呆れたように愛を見下ろすと、
『好きにしろ』
と、手を離した。
荷物の運び込みも落ち着いた頃、安土城の武将達が天主に呼ばれた。
光秀と政宗以外にも、既に愛の話は伝わっていた。
『今日から愛は正式に織田信長の養女として迎える。
これで、誰にも有無を言わせぬ織田の姫だ。
貴様らも、それをしっかり心得ておけよ』
全員の前で信長がいう。
誰一人異論を唱える者はいなかったが、
当の本人だけは驚きを隠せない。
「え?私聞いてませんけど…?!」
『なんだ、いちいち文句があるのか?
養女では不満なら、信長の正室にでもなるか?』
信長はそういうと、目を白黒させる愛を見ながら盛大に笑った。