第21章 月と金星 (秀吉)
次の日も、また次の日も、
まるで何もなかったかのように日々が過ぎていく。
愛の様子は何もかわらず、
いつものように世話役の仕事をし、
着物を縫い、家では秀吉と過ごす。
愛があまりにも普通に過ごすので、
秀吉も政宗も、
光秀さえ、何も言う事が出来なかった。
そうして迎えた、秀吉の出立の朝、
いつもそうするように、城の者たちと一緒に見送りをする。
「いってらっしゃい、秀吉さん。
気をつけてね。無理しないように」
『あぁ。愛も、ちゃんといい子にしてるんだぞ?
夜更かしもしないように。飯もちゃんと食べるんだぞ?』
「もう。秀吉さんの心配性はいつも通りだね。
大丈夫。ちゃんと三成くんにも、睡眠と食事はとってもらうから安心して」
『あぁ。ありがとう。宜しく頼むよ』
そこまでは、いつもと同じ見送りの朝。
『行くぞ!』
引き締まった秀吉の声がかかると、
小隊は一斉に動き出す。
そして、いつもの見送りと唯一違ったのは、
「秀吉さん!」
動き出した馬上の秀吉に愛から声がかかる。
驚いた秀吉は、馬を止めて振り返る。
『どうした?』
「秀吉さん。ありがとう。気をつけて」
『あぁ。留守を頼むぞ!』
そう言って片手を上げて、再び馬を進める。
嬉しいはずの愛からの言葉が、
やけに胸をソワソワさせた。
とても気持ちがこもっているように聴こえた。
なぜ、愛は
「ありがとう」
と言った?
(まるで、もう逢えないみたいじゃないか…)
そんな胸騒ぎを覚えながら、それでも秀吉は気持ちを切り替えて前を向いた。