第21章 月と金星 (秀吉)

「おい、待て！」


襖の外から明らかに政宗の声が聞こえた。




『聞かれたな』


光秀は大げさに肩を落としてみせた。


「どう言う事だ」


秀吉の目は怒りに染められている。



『どうもこうもない。今日はお前を呼んでいると政宗に伝えた』


「答えになってないな」


『ホトホト察しが悪いな。
大方、政宗が夕餉を作るから、
愛に手伝わせていたんだろう』



秀吉の顔から血の気が引く。


「まさか…」


『たまたま聞かれたんだろうな。
お前が愛を妻にする気がない事を』



秀吉にも、それがどう言うことかは理解ができる。
だが、それをどうすれば良いかまでは、今はまだ頭が回らない。



『まぁなんにせよ、お前の気持ちはわかった。
御館様には伝えておく』


「・・・・」


『なんで愛と夫婦にならないのだ。
理由があるのだろう。まさか此の期に及んで、実は好いていないわけではあるまい』


光秀は相変わらずの意地悪な笑みを絶やさず言う。



「好いてないだと？馬鹿を言うな。俺はあいつを心の底から愛している。
好きなんて言葉にはおさまらない」


『じゃあ何故だ』


「俺は…いつ死ぬかわからないんだぞ。この身は信長様のために尽くすと決めた。
愛もそれはわかってくれているんだ。あいつのために、必ず生きて帰ると思ってはいる。
だけど、もし万が一、あいつを正室に迎えた後、俺が死んだらどうなる？
あいつはきっと、政略結婚の駒にされてしまう。万が一信長様の娘という事になったら余計だ。
あいつを…巻き込みたくないんだ。俺が守れなくなった後に、不幸にさせたくないんだよ…」


『ならば、側室でも構わんだろう』


「馬鹿言うな！何で愛を側室なんてありえない！
俺はあいつを正室にはしないが、他に嫁をもらう気もないんだ」



『呆れたやつだ…。そんな事がまかり通るとでも思っているのか。
お前は…豊臣秀吉は、織田信長の右腕で、その意思をこれからも継ぐ立場なんだぞ』


「そんなの当たり前だ。お前に言われる筋合いはない。
俺はもう帰るからな」


そう言うと、秀吉はピシャリと襖を締め、光秀の御殿を後にした。