第21章 月と金星 (秀吉)
『愛様、お帰りになってますか?』
どのくらい眠ってしまったのだろう。
女中の呼びかけに目を覚ますと、
辺りはすっかり暗くなっていた。
「はい。すみません、いつのまにか寝てしまったようで…」
そう言うと、慌てて髪を整え、襖を開ける。
「わ!政宗!」
女中がいると思ったそこには、何故か不機嫌そうな政宗が立っていた。
『おい、入るぞ』
そう言うと、ズカズカと部屋に上がり込み、行燈に火を灯した。
急な明かりに目をくらませながら、
「どうしたの急に…」
と、政宗に声をかける。
『どうしたのじゃねぇ。
お前と俺はそんな水臭い仲だったか?』
そう言いながら、どかっと胡座をかいた。
「なんの話?急に…」
『光秀から聞いたぞ』
そう言うと、愛の手を乱暴に掴み、まじまじと見つめる。
『今日は大丈夫なのか…?』
成る程。そう言うことか…。
「もう。光秀さん、誰にも言わないでって約束したのに…」
愛は盛大にため息をついた。
『安心しろ。秀吉には黙っておく約束だ』
「本当に言わないでよ…心配かけたくないから。
みんなに言わないでって言ったのも…心配かけたくなかったんだよ」
『それが水臭ぇって言ってんだ。
お前が消えて居なくなるかもしれないって時に、
はいそうですかって見過ごすヤツが織田軍にいると思ってんのか』
思いがけない政宗の言葉に、愛は言葉を無くす。
『散々俺たちの間に入り込んで…最早愛がいることが安土の日常なんだ。
その日常を揺るがす自体になってんのに、勝手に一人で背負い込むな』
「政宗…」
『お、おい…別に泣かせに来たわけじゃない…』
愛の目からポロポロと大粒の涙が溢れる。
今まで散々我慢して来た涙は、一度溢れてしまえば留まることを知らない。
「だって…だって…。急にそんな優しいこと言われたら…
うっ…うっ…こっちだって心の準備できてないんだよ、ばか!」
『優しいって…俺は怒ってんだ!』
「うわぁぁん」
『ったく…仕方ねぇな。一人で不安にならなくて良かったんだぞ』
愛の頭を軽く叩きながら泣き止むまで黙って待っていた。