第21章 月と金星 (秀吉)
「光秀さん、愛です」
その声を、光秀は今日一日ずっと待っていた。
全てを聞いたあの日から、気に留めない日はなかった。
ー愛がこの時代の人間ではなかったー
いつだったか、愛が故郷に帰ると偽ったあの日に受けた衝撃も、
今や薄れかかっていた。
安土に愛がいて、秀吉と恋仲になって…
織田のゆかりの姫として安土にも浸透している今、
またあの時の衝撃を思い出す日が来るとは。
『おお、帰って来たか。入れ』
どんな時も冷静沈着に。
それが己の役割であることは百も承知。
愛がどんな事を報告して来ても、動揺はできない。
ただ願うことは、佐助に会うことによって、
打開策が見つかっていることだけ…。
迎え入れた愛の表情から、
光秀はそれがうまくいかなかったことを悟る。
佐助でも駄目だったか。
ならば、己が策を練るほかあるまい。
その気持ちで愛を座らせた。
『香は炊けたか?』
敢えて意地悪そうに問いかけると、
「はい。ありがとうございました。
光秀さんにお願いして良かったです」
愛はそう微笑んだ。
『それで?
密会はうまくいったのか』
覚悟を決めて問う。
「会えた事はうまくいきました。
佐助君と話せて良かったです」
『そうか。それじゃあ内容を聞かせてもらおうか?』
愛は少しお腹に力を込めた。
報告をして泣かないように。
光秀に心配をかけないように。
上手く笑えるように…。