第21章 月と金星 (秀吉)
佐助との密会を終え、愛は佐助に会う前よりも
重い足取りで光秀の元へと向かっていた。
(秀吉さんの妻…か。どんな人が秀吉さんのお嫁さんになるのかな…)
想いが通じて、こうして一緒に一つ屋根の下で住んでいることが当たり前に思っていた。
けれど、現実はそんなに甘くないと思い知らされた。
(どうしたらこのままで居られるかだけを考えて来たけど…
もしかしたら、朝起きたら現代に戻っていた…という方が幸せなのかもしれない)
誰かと夫婦になる秀吉を、心から祝福できる程広い心は持ち合わせていない。
そんな事を思うと、重い足取りはさらに重くなり、いつしか歩みを止める程になっていた。
「佐助君は凄いな…。私は…無理だよ…」
そんな事を呟きながら、人気のない橋の欄干に寄りかかり
満開の桜を見上げた。
光秀にはちゃんとお礼をしなければ。
なんて報告しよう…。
そう考えながら、いつしか、
どうやってこの時代にお世話になった人達とお別れをしようか…
そんなところまで思考は進む。
どうやって秀吉さんとお別れしよう…
いつか、秀吉に書いた手紙を思い出した。
今でも大切に秀吉が持っていてくれている手紙。
あの時も、秀吉がいない間にいなくなろうとしていた。
きっと、佐助は自分を現代に帰したら、
また謙信の元へ戻るつもりだったのだろう。
ふと、欄干を掴む自分の手が、指先だけでなく掌ごと透けているのに気づいた。
「あまり時間はなさそうだな…
今度こそ、最後の手紙を…」
込み上げてくる涙を、奥歯を食いしばって我慢した。
春の訪れを告げる桜の花びらは、ハラハラと舞い落ち、
川面へと流されていく。ただひたすらそれを目で追いかける。
もう来年の春をここで迎える事はないだろう。
せめてこの景色をしっかり覚えておきたい。
流れていく花びらの数よりも、沢山の思い出がここにはある。
満開に咲き誇る花の数よりも、秀吉を愛する気持ちはいっぱいなのに。
「当たり前の毎日なんて、ここにはなかったんだ…」
呟くと、涙がこぼれた。