第21章 月と金星 (秀吉)
佐助が自分の不甲斐なさに自暴自棄になりかけていた。
自分に起こっている現象を、数字で証明できない。
それは物理学者にとっては何とも屈辱的な事だ。
この時代に飛ばされたという、ありえない現象ですら、
自分なりの仮説と、培った知識で答えを導き出せたと言うのに。
忍びの稽古も、マキビシ作りも、幸村の話も、何にも集中出来ずにいた。
そんな状態の佐助を、謙信が放っておくわけがない。
ある日、遠乗りに出るから付いて来いと言われた。
ある程度の覚悟を持っていた佐助は、その誘いすら迷いがあった。
これ以上、謙信様との思い出を増やしたくない。
いつか訪れてしまう別れに対して、柄にもなく感傷的だと自嘲した。
『俺の誘いを断る理由など、お前にはない』
いつもながら無茶苦茶な上司の言葉に、
佐助は渋々付き合うことになる。
その日は本当に二人だけ。いつもなら幸村も同行するようなものだが…。
『佐助。最近お前に何が合ったかは知らないが、かなり腑抜けているようだな』
何にも身が入らない佐助を、謙信が見逃すはずはない。
『何があった。言ってみろ』
謙信の問いかけに、何と答えるべきか。
最近、手が透けるんです…
実は五百年前に戻され…いやそもそもこの時代の人間では…
何を伝えるのも馬鹿馬鹿しく思えた。
「故郷に戻らなければならないかもしれません」
そうとだけ伝えた。
『お前は帰りたいのか?お前が戻らなければならないのか?』
謙信は佐助が何処から来たかも、何処へ帰るかも聞こうとはしなかった。
「いえ。俺は謙信様に出逢ってから、此処が居場所だと思って生きて来ましたから。
願わくば、ここで…いや、場所はどこでもいいですけど、
願わくば謙信様の側にずっと仕えて居たいと思ってます」
『そうか。ならば、それでいいだろう。佐助。
お前は今から俺の右腕になれ。いつ何時も離れることは許さん。
俺のこれからの戦の全てに、お前の名を刻め』
「えっ?」
『何を腑抜けた声をだしている。もう一度言わせる気か』
「いえ。謙信様の右腕になれるなんて思ってもみなかったので…」
『そのためにお前に戦いの仕方を仕込んで来たんだ。
俺の命を救った責任は最後まで取れ、佐助』
「仕方ないですね…その責任全うしましょう。
宜しくお願いします」