第21章 月と金星 (秀吉)
愛は一枚の小さな紙を握りしめ、一人城下を足早に歩いていた。
そこには、場所と時間だけが書かれている。
光秀に話して五日目の朝、急に呼び出されるとそれだけを渡された。
「ありがとうございます!」
咄嗟に悟りそう言うと、光秀は、
『お前の忘れ物を届けてやったまでだ』
それだけ言って帰って行った。
(佐助君に会える!)
なんの解決にもならないかも知れない。
それでも、今はただ一つの希望だった。
(秀吉さんと離れ離れの未来なんてありえないから!)
そう固く誓いながら、指定された町外れの茶屋へと向かう。
[店に着いたら、香を炊きに来たと言え]
それがどういうことかはよくわからないが、光秀の指示に従うしか今はないのだ。
町の人たちで賑わう茶屋へたどり着くと、愛想のいい店の主人に指示されたように伝えた。
すると、笑顔を保ちながらも主人は少し緊張したように頷き、
愛を店の裏口へと促す。
裏口を出ると、表の喧騒が嘘のような裏庭が広がり、
その奥に離れが見えた。
『もう、お待ちですから』
主人はそれだけ告げて、そっと離れの戸を開いた。
『おかえりの際は、このまま裏門進んで下さい。
声かけは必要ありません』
そう言い残すと、店へと戻っていく。
愛は、緊張しながら静かな離れの中へ入る。
奥の襖を開ければ佐助がゆったりとほうじ茶を啜っていた。
愛の顔を見るなり、
『やぁ、久しぶり』
と、何とも緊張感のない、いつも通りの挨拶をされる。
その声を聞いて、漸くふっと肩の力が抜けるのがわかるほどだった。