第21章 月と金星 (秀吉)
愛がこの時代に来て三年が過ぎようとしていた。
もうすっかり安土にも馴染んで、そこには当たり前に、昔からそこに居たように。
「あれ…」
いつものように、秀吉の御殿の一室で着物を縫う愛は、
ふと手を止めて、目をゴシゴシと擦った。
そして、自分の手を陽の光にかざし、まじまじと見つめる。
そこにあるのは、当たり前だが、自分の掌だ。
「ふぅ…疲れてるのかな…」
小さく呟くと、愛は作りかけの着物を置いて立ち上がった。
庭に面した廊下に出ると、うーんと一つ伸びをする。
『愛様、休憩ですか?』
後ろからかけられた声に振り向くと、
そこにはいつもの和かな笑顔の三成が歩いてくるところだ。
「あ、三成くん。書物を読んでいたの?」
眼鏡をかけたままの三成を見て、そう声をかけた。
「いえ、今は文を書いていました。
秀吉様の代わりにお返事を書くものが沢山ありましたので」
そういうと、笑顔を絶やさずに眼鏡を外す。
『おや?愛様、何か悩み事でもありますか?』
眼鏡を外した三成は愛の顔を覗き込見ながら言う。
「え?なんで?」
『いえ、何か浮かない表情のように見えましたので』
どこか心の中を見透かされたようで、愛は居心地が悪くなる。
「悩み…はないけど、ちょっと疲れてるだけかも」
『お仕事がかなり立て込んでいらっしゃると秀吉様から聞いております。
あまりこんを詰め過ぎぬよう、お気をつけ下さいね』
三成は心配そうな顔で愛に言う。
「うん。ありがとう。
もう少しでひと段落するから、そうしたら少しお休みを取るよ」
愛は心配をかけまいと笑ってみせる。
「それ、秀吉さんに届けるんでしょ?
私は大丈夫だから、早く行ってあげてね」
そういうと、未だ不安そうな顔をする三成を無理矢理促した。
(多分…疲れてるんだよね。今日は早く休もう…)
そんな事を思いながら、自分も仕事部屋に戻って行った。