第19章 あの星空の彼方に(謙信)
「遅い…」
そう呟いたかと思うと、謙信は静かに立ち上がる。
隣では信玄と幸村が、飽きもせず甘味を廻って騒いでいた。
佐助が愛を呼びに行ってから、どの位たっただろうか。
全く現れない二人に、謙信は苛立ちより不安が募っていた。
『謙信、女の子は準備に時間がかかるものだよ。
もう少し待っていたらどうだい?』
信玄が笑みを浮かべ、そう話しかけるが、
「余計なお世話だ。
お前は黙って甘味でも食っていればいい」
そう言うと、足早に広間を後にした。
すっかり陽も落ちた空には大きな満月が輝き、春日山城の廊下はいつもよりも明るく照らされていた。
宴の準備が進んでいる筈だが、何故かやけに静かに感じる。
「あいつらがうるさ過ぎるからか…」
広間での信玄と幸村を思い出し、一つ溜息をついた。
愛の部屋の前に立つと、中から物音はせず、話声だけが聴こえてくる。
(話し声だけか…佐助のやつ…)
少し不機嫌になりながら襖を開けようとした手が止まった。
(愛は…なんの話をしているのだ…)
聞き慣れない言葉が次々と聞こえて来る。
(おりおんざ…)
その言葉には聞き覚えがあった。
謙信が仕事を終えて帰ると、愛はよく縁側に座り、
夜空を見上げている。何を見ているのかと聞けば、星を指差し、星座を見ていると答えた。
(佐助と星を見ているのか)
また面白くない感情が湧き上がる。
今度こそ襖を開けようと手をかけたが、
その手はまた止まることになった。
-こっちにきて最初の頃、
どうすればいいかわからなくて心細かった時も、
こうやって夜空を見上げたら、現代と変わらない星座が瞬いてて…凄く安心できたんだ-
「愛…」
(毎晩愛が夜空を見上げているのは、
故郷を思っているというのか…)
いつも月を見上げていた、かぐや姫のように…
謙信は突然愛を失うような焦燥にかられた。
その後に聞こえた佐助の言葉も気にくわない。
『俺が宇宙物理学者を目指したきっかけは…』
(言わせるか!)
謙信は勢いよく襖をあけると、声を荒らげて佐助を責める。
しかし、謝ってきたのは愛だった。