第14章 あなたへの恋文(家康)
やっと帰れる…
家康は最後の仕事を終えて、二ヶ月ぶりに帰る準備をしていた。
漸く整備も整い、この国は近隣を治める大名に全てを引き継いだ。
民を大切にし、家康の統治を支えてきた信頼できる男だ。
このままよい国に立て直してくれるだろう。
浮かれてるな…
こんなに安土に帰ることを喜んだ日過去にあっただろうか。
そんな事を考えていた。
自分の国から召集され、信長との協定のために安土に入った頃は、
早く武功を挙げて、もっと認められて、早く自分の城に戻る。
それだけを考えてきたけれど、今は愛の待つ安土に早く帰りたい。
帰ったらまず何をしよう。
懐から櫛を取り出す。
この国は小さいながらも塗り物が盛んだった。
一時は前の大名に全てを金に変えられ衰退してしまったこの産業を
今はどうにか復興させ、資金源の一つになるようにした。
安土への流通も確保した。
家康の手の中では、綺麗な臙脂色に綺麗な色合いの花びらが舞う女物の櫛。
これを愛に渡したら、どんな顔で喜ぶのか。
きっと、あのふにゃふにゃした顔で笑ってくれる。
自分にこんな感情があるなんて知らなかった。
ただ一人の愛しい人を、ただ純粋に喜ばせたい…なんて。
流行る気持ちを堪えて、ここに残る家臣に指示を出す。
一緒に戻る者たちと最終確認をする。
ふと、一人の家臣が口を開く。
「家康様、良かったですね。きっと愛様もお喜びになりますよ」
『なっ…』
急に愛の名前を出されて狼狽える。
「え?お気づきになってないのですか?
戻る日が決まってからの家康様は、それはそれはご機嫌がよろしい…」
『うるさい!仕事中に余計な話をするな』
あからさまに照れ隠しなのは、自分でもわかるほど。
そんな家康を見て、家臣たちも笑顔が絶えない。
誰にも言ったことのない、
早く逢いたい
と言う気持ち。
勿論だれも口にしないが、その気持ちは皆んながわかっていた。
いつにも増して仕事に没頭する主君。いつにも増して悪い機嫌。
それでもやるべき事はきっちりこなす。
全ては早く帰るために。
家康が早く戻れるように、周りも誠意を持って動いていた。
だから…
「私たちも嬉しいんですよ。さぁ、早い所安土に戻りましょう」
その言葉に家康はただ頷いた。