第2章 特別な人(秀吉)
次の日の朝も、愛は部屋に閉じ籠っていた。
朝餉も食べる気になれなかった。
庭の景色を見ながら、ぼーっと時間を過ごしていた。
沢山寝たので、頭痛はすっかり治っていたが、
三成の羽織を縫う気力も湧かない。
何もしないうちに、陽はだいぶ高く上がっていた。
『愛…入ってもいいか?』
襖の外から、申し訳なさそうな声が聞こえた。
(秀吉さん…)
『お前、昨日の夕餉も食べなかったのに、朝餉も取らなかったんだって?』
(ほっといてよ…)
『政宗に、粥を作ってもらったから食え。入るぞ。』
声の後に襖の開く音がする。
愛は秀吉を見向きもせずに、壁に寄りかかりながら、ずっと庭を見ていた。
『愛…昨日は悪かったな…。』
「…。」
『そのままでもいい。話を聞いてくれないか…』
「…。」
『昨日、お前の事を何だと思ってるのって言ったな。
俺にとって愛はかけがえのない特別な人だ。』
秀吉は静かに、優しい声で語りかけた。
『俺の命に価値をもたらしてくれた、特別な人だよ愛は。』
「…っ。」
愛の肩がピクリと動く。
『だから、誰よりも甘やかしたいし、愛に似合うものは何でも買ってやりたい。
でも、三成に任せたのは、違ったよな。ごめん…』
「秀吉さん…。」
愛が漸く口を開く。
『なんだ?』
「私も、秀吉さんは、この世でたった1人の特別な人だよ。」
目線は庭のまま、ゆっくり話し出す。
「特別だから、隣にいたい。特別だから、笑い合いたい。
特別だから、悲しみも半分こしたい。
特別だから、2人でご飯を食べたい。特別だから同じ褥で寝たい。
特別だから、くっついていたい。特別だから、ただただ同じ時間を一緒にいたい。
貢物なんていらない。私は、特別な秀吉さんと2人でいるだけの普通の時間が欲しい。」
伝えると、また涙が出てくる。
昨日、枯れるくらい泣いたのに。
「三成くんと手を繋いでも、三成くんが隣にいても、
三成くんが笑いかけても、三成くんが秀吉さんと同じものを買ってくれても、
三成くんと草餅たべても、三成くんとお散歩しても…それは秀吉さんじゃない。」