第13章 忍びの庭 終章
『佐助』
謙信は、愛や幸村の問いかけには答えずに、
もう一度佐助を見据える。
『はい』
佐助も、謙信の今までとは違う眼差しに姿勢を正す。
『お前は、俺が今日どの様な答えを持ってここに来たと思っている。
側近の忍びなら答えられるだろう』
その言葉に佐助は、迷いなく答える。
『謙信様がこの度の戦をどれだけ大切になさっているか、俺もわかってるつもりです。
戦好きだから、軍神だからと周りは思うかもしれませんが、
信玄様や幸と手を組んだ時から準備をしてきた大切な戦ですからね。
謙信様だけの戦ではないですから。俺の命ごときで信長様と講和することはありえないでしょう』
誰が聞いても納得のいく答えだった。この時代の武士ならば、将ならずとも納得するだろう。
この場では誰もがそう思った。
ただ一人…いや、ただ二人を除いては。
「 そんなっ、そんなことないよ!そうでしょ?謙信様!」
再び愛が声を上げ、そして立ち上がった。
上段の間から一気に下段の間まで降りると、謙信の目の前に腰をおとす。
「お、おい、愛!」
秀吉が慌てて立ち上がり連れ戻そうとするが、
「良い。秀吉」
信長の好奇心に満ちた声がそれを止める。
「謙信様、今佐助君が言ったことは正論かもしれません。
でも、謙信様が今ここにこうして居られるのは、佐助君のおかげですよね?
武田と手を組めているのも、謙信様が今生きているからで、
もし佐助君が四年前に謙信を助けてなかったら、
もうこの世にいない身ではありませんか!」
涙をいっぱい溜めて、それでも零さないように我慢をしながら
謙信の両手を握り、一生懸命訴える愛の姿に、
初めて謙信の瞳が冷たさを失っていた。
驚いたように、色違いの眼を見開き愛を見つめる。
『おい!イノシシ女、それ以上言うと斬られても知らねーぞ…』
幸村が焦ったように声をかけるが、
『ただの小娘と侮っていたが、どうやら佐助よりも聡いかもしれんな。
そうか、良いことを思いついた。協定を結ぶ代わりに、佐助とこの女を交換しよう』
「は?えっ?いや、あの、私は謙信様の右腕にはなれませんからっ!」
「俺の持ち物は誰にも渡さん」
未だ愛を見つめる謙信に信長が不機嫌な声を出す。
『冗談だ』